遺影写真はどのように始まっていつから修正するようになったか2

遺影写真はどのように始まっていつから修正するようになったか2

遺影写真の歴史は、江戸時代の歌舞伎役者の浮世絵に始まると言われています。
その後、肖像写真を残すようになったのは江戸時代の末期、一般家庭で亡くなった家族の写真を飾るようになったのは、明治時代の後半からのようです。

江戸時代も終わりに近づく頃、政局が乱れ、「いつ死んでもおかしくない」という状態で生きている武士が多くなりました。
そんな時、自分が生きたあかしを残そうと肖像写真をとる人が、ちらほらと現れ始めました。

当時は、「写真を撮られると魂を抜かれる」という噂を信じる人も多く、死をも覚悟した武士でないと写真を撮らなかったようです。
また写真の撮影時には、同じ姿勢で長く静止していなければならず、とても大変でした。
そんな訳で、当時の肖像写真は、ごく限られた人だけのものでした。

次に遺影写真が広まるきっかけをつくったのは、明治時代後半の日清戦争と日露戦争だとされています。
当時、戦争に行くことは死と直結していたので、戦争に出かける前に写真を撮っておき、死後も飾っておくという家庭が現れました。
兵隊にとられる息子や夫の姿を、せめて写真におさめておきたいという家族の気持ちは、明治も現代も変わりません。

ただ、相変わらず写真は高価で貴重なものだったので、遺影写真が一般に普及するのは昭和の話になります。
また、昭和になると「元の写真を加工して礼服に交換する」といった修正も行われるようになります。
さらにより美しい遺影写真を追求するようになるのは、平成以降、修正技術が発達してからになります。

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