遺影写真はどのように始まっていつから修正するようになったか1

遺影写真はどのように始まっていつから修正するようになったか1

亡くなった人を肖像でしのぶのが遺影写真
その歴史は、江戸時代にさかのぼります。
ひいきの歌舞伎役者がなくなった後、役者の実物を見る代わりに、肖像画で思い出したことに始まるとされます。
当時の肖像は写真ではなく浮世絵だったので、絵師により多少の修正を加えられ、理想の姿が描かれていたようです。

現在の遺影写真とは、かなり違うものですが、今の形になるまで、どのように変遷して行ったのでしょうか。

日本人の写真の内、現存する最古のものは、1851年、徳川家慶の時代の肖像写真です。
また、日本人により撮影された最古の写真として、1857年、徳川家定の時代の薩摩藩主、島津斉彬のものが残されています。
当時、写真の技術者がほとんどおらず、写真自体大変高価なものだったので、身分の高い人が特別な時にのみ利用していました。

江戸時代末期、戦乱の世になると、死ぬ前に家族のために写真を残そうという時流が一部の武士に見られるようになります。
坂本竜馬の写真を見かけることがあると思いますが、この頃のものです。
遺影写真の走りとも言えるものですが、坂本竜馬は襲撃された時に手に大ケガを負い、その後の写真は傷のある部分を隠して撮影されているという説もあるようです。

江戸時代には写真の修正技術がなかったので、写したくないものは隠すしかなく、髪の強いくせ毛などは隠すこともできませんでした。
今なら、ケガの傷あとをなくし、くせ毛をストレートのように修正することが可能です。
坂本竜馬が現代に生きていたら、残された写真も違うものになっていたかもしれませんね。

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